夏草や肉牛どもに夢の味 日本には無尽蔵の野草資源がある
夏にローカル鉄道で国内を旅行すると、車窓から見える田畑や空き地に生い茂る草の勢いに圧倒される。セイタカアワダチソウ、ススキ、クズ…。緑の海原を迷惑な存在と見る人は多いだろうが、アジアモンスーン地帯の温暖な気候がもたらす無尽蔵の資源と見ればどうだろう。これまで山口型放牧のような肉用牛による小規模移動放牧などで「牛の舌草刈り」「牛と草の組み合わせ」の記事を書いてきたので、それらが国土保全、食料安全保障などの課題へ解決策になると思っている。だから夏の野草を見ると気持ちが熱くなってくるのである。
■まだ発見されていない価値
野草や雑草には価値がある。日本の自然から私たちへの恵みである。
アメリカの思想家・詩人、ラルフ・ワルド・エマソン(Ralph Waldo Emerson)は”What is a weed? A plant whose virtues have not yet been discovered.”(雑草とは何か? その美点がまだ発見されていない植物である)と「未解明の価値」を認めている。
夭逝(ようせい)の天才童謡詩人、金子みすゞの「草原の夜」という詩は、草と牛の深い関係を見抜いている。
ひるまは牛がそこにいて、
草原をたべていたところ。
夜ふけて、
月のひかりがあるいてる。
月のひかりのさわるとき、
(後略)
矢崎節夫(金子みすゞ記念館)館長コラム 「草原の夜」 2022年11月1日https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/site/misuzu/42754.html
草や大地、月といった自然の営みがつながった、ぬくもりのある世界観を知る。後述のノシバのような草の再生力を鋭く観察しているように思う。
舎飼いの牛に与える草は牧草地などで刈るので、輸送や加工などのコストがかかる。だが、放牧では牛の方から草を食べに行くので、そうした手間はかからない。

放牧中の牛
■牧養力のある未利用資源
未利用の野草や雑草の価値は、家畜を飼養する「牧養力」があること。耕作放棄地などで放牧した牛は野草から十分な栄養を得ることができる。テストでは牛が繁茂するクズなどを食べ尽くしても、時間が経過すれば新たな種も加わって野草が育ってくる。草の生えている場所に放牧場所を移動すればいい。
北海道などでは大規模な草地で牛の放牧が行われている。ここで取り上げている放牧は、中山間地のような耕作不利、生産性の低い場所での放牧であることを付け加えておきたい。
草は牛に食べられ、また草が伸びる…を繰り返しているうちに、ノシバが繁茂して表面を覆う。牛に食べられても、成長点が下にあるので、半永久的に葉を出し続ける。さらにノシバの草地は土壌を固くし、地滑りをふせぐ。

ノシバ
牛の舎飼いと放牧を比べると、放牧は管理労力を大幅に削減できるメリットがある。牛では野外で気持ちよく糞や尿をするので、畜舎にたまる糞尿を含んだ敷料を運び出す(ぼろ出し)の手間が省ける。牛がノシバを食べると、種子の混ざった糞があちらこちらに散布され、そこから新たなノシバが生えてくる。
放牧に使う牛を名付けてみると
「自走式舌草刈り機」
「播種機能付き糞尿散布装置」といったところか。
高齢化して労働力が足りない中山間地などでは大いに助かる。
■草を肉に変える牛
日本の食料生産基盤が弱まる中で、どうして野草を積極的に利用し、優れた放牧のシステムをもっと普及させないのか。
考えられるのは、もうかるのはほぼ「放牧をする人」に限られるからだろう。牛の小規模移動放牧では、脱牧を防ぐ電気牧柵や給水施設などわずかな初期投資でOKなのだ。放牧に関連する補助金や交付金などもあり、放牧する農家は「モ~かる」のである。

牛に水を飲ませる設備
一方、大規模な放牧では、牧草地を定期的に耕起し、牧草の種をまいて牧草地を更新する。トラクターなどの農業機械、種子、肥料などに費用がかかる。関連の各分野で収益が出る仕組みなのだ。
牧草の種子や飼料の多くを輸入に頼っている。濃厚飼料は9割以上になる。
日本の畜産は、関連する業者の既得権構造が出来上がっている。新たな技術を導入してAIやドローンなどを使うスマート農業にしても、大きな事業費が動く。そんなところに、軽自動車1台分の放牧システムが登場しても、煙たがれるのは想像できる。
既存のシステムを革命的に変えない限り、今後、普及は前には進まないだろう。本当のイノベーションにするには、いままでにない強力なイニシアチブと、新たな経済&社会システムの構築が欠かせないと思う。
■増え続ける荒廃農地
日本の農地面積は減少し続けており、荒廃農地(耕作放棄地など)の面積は約25.7万ha(2024年3月末農林水産省調査)。耕作放棄地の定義や算出方法の見直しでかつてあった「42.3万ha」から減ったように見えるが、もうまともな数字を出せないほど荒廃が進んでいる証拠だろう。
食料自給率も政府は2030年度までにカロリーベースで45%に引き上げる目標を掲げているが、2000年代以降は37%〜38%前後でほぼ横ばい、長期的な低下傾向が続いている。
■復田による食料安全保障
肉用牛の放牧は、他にも獣害対策、景観の保全、動物福祉などのメリットが多い。牛にとっても自然の中で快適に過ごせるので幸福感がある。不妊牛を放牧すると「種がついた!」という例が多いのは、その証拠だろう。

以前田んぼだった場所での放牧
さらに驚くことは、放牧地になった水田は、耕せば元の水田に戻すことができることだ。それまで牛が糞尿をまき散らして肥沃(ひよく)な土壌になっている。緊急時には、復田して米の生産を再開できる。さらに食料が枯渇すれば、かわいそうだが牛を肉にして食べればいい。本当のlivestockなのである。
田畑が耕作放棄地になり、やがて原野や山林になれば元に戻すのに時間と費用がかかる。放牧で農地の状態を維持しておけば、潜在的な食料生産能力を保つことができる。このような食料安全保障の方法は、日本の農業事情に合った理想的なシステムだろう。
■高杉晋作の現れよ
山口型放牧は、耕作放棄地になった田んぼに牧草を植えて牛を飼育する「水田放牧」から始まった。この山口県の画期的な発想から、それを実現するために県畜産部門の創意工夫と多大の努力があった。この放牧スタイルが嚆矢(こうし)となって全国に普及し、山口県畜産振興協会が支援する山口型放牧研究会(元永素代表)は、2006年度に中央畜産会が主催する畜産大賞の地域畜産振興部門で最優秀賞を受賞した。
拙著『農業・環境・地域が蘇る 放牧維新』(家の光協会 2007年)には、将来への限りない可能性も描いた。小規模移動放牧は広く認知されているものの、普及は停滞気味のようだ。不安定な世界情勢、少子高齢化、気候変動など日本が累卵の危機にある中、希望の一つとして牛の放牧というイノベーションへの期待は変わらない。高杉晋作のような型破りで強力なリーダシップの出現を待つしかないのだろうか。
参考:生物多様性を豊かにする日本の牛放牧─「牛+人」の新技術が里山の恵みを生かす─
(日本水土総合研究所)
http://www.jiid.or.jp/ardec/ardec44/ard44_key_note5.html

