「沿岸を歩く」北海道全ルートの取材終える

9月3日~9日、月刊環境情報誌「グローバルネット」に連載している「日本の沿岸を歩く」の道央、道南の北海道南西部を取材した。これまで2回取材し、これで北海道全域を取材することができた。めでたし、めでたし!

取材にご協力いただいた皆様には感謝申し上げます。

取材ルートは、新千歳空港から小樽に着き、そこを起点に積丹半島から渡島(おしま)半島を左回りに岩内、江差、松前、函館、長万部、洞爺湖町、室蘭、苫小牧、小樽のコース。走行5日間の総距離1,400㎞。

関空から北海道を目指す

関空から北海道を目指す

北海道の旅で惑うのは地図と実際の距離感が異なること。行けども行けども道は続く。北海道は広いのである。車で走っていると、シカやキタキツネに遭遇することがあり、ヒヤリとすることも度々だったが、幸い、事故にならなかった。

取材したテーマはサクラマス、松前漬け、函館真昆布、噴火湾の幸、ホッキガイ。海の幸とともに函館戦争など歴史も興味深かった。取材と前後し、新政府軍と旧幕府軍の戦いの詳細、例えば土方歳三の戦いぶりや榎本武揚の生きさまなどに触れることができた。現地をあるくことでこの先、歴史書などを読むことが楽しくなりそうだ。

取材初日、小樽から積丹半島を目指す。途中「塩屋」の標識を見つけて、ハンドルを右に切って海辺に。ヒット曲「小樽の人よ」の歌詞にある「塩屋の浜辺」。辛い別れがあった場所だ。

小樽のひとよ #鶴岡雅義と東京ロマンチカ
https://www.youtube.com/watch?v=wk–JULepng

取材地の積丹(しゃこたん)町サクラマス・サンクチュアリーセンターに到着。余別川 の河口から1㎞の地点。小ぶりだがこの魚の展示資料は充実している。ちなみにサクラマス はヤマメが海に降下して大きくなったもの。謎が多い「神秘の魚」である。

サクラマス・サンクチュアリーセンター

サクラマス・サンクチュアリーセンター

神威(かむい)岬を経て、泊村「鰊御殿とまり」などを巡り、小樽から函館までの日本海追分ソーランライン(国道5、229、228号、約466㎞)を走る。沿道にはニシン漁の記憶が多く残っている。

途中、内陸部に入り、黒松内町ブナセンターへも足を伸ばした。黒松内の「北限のブナ林」は国の天然記念物(歌才ブナ林)や北海道遺産に指定されている。

乙部町には「官軍上陸の地」がある。戊辰戦争最終段階の函館戦争で1869(明治2) 年4月9日、山田市之丞(顕義=日本大学の学祖)率いる旗艦、軍艦甲鉄などによる新政府軍(官軍)が乙部に上陸した。これから旧幕府軍への攻撃が本格化する。

これより先、江差町で記念館となっている旧幕府軍の開陽丸が68(明治元)年11月、暴風雨のため江差沖で座礁、沈没した。

松前町に入ると町郷土資料館へ。江戸時代に北海道を支配した松前藩の経済や文化、縄文時代からの歴史もある。松前は函館戦争の戦場ともなった。江戸時代に京都で作られた山車飾り、戦争で使用された砲弾などの展示は一見の価値あり。

松前の名前を冠した松前漬けは、細切りのするめや昆布を数日漬けこんだ発酵食品。かつて「こぶいか」「いかのしょうゆ漬け」と呼ばれた。最近はカズノコ入りもあるが、「蝦夷松前 龍野屋」で試食した特製品は、カズノコ、砂糖、調味料を使わない「本物」だった。

松前町の顔が松前城。1868年(明治元年)、榎本武揚率いる旧幕府軍の新選組副長土方歳三の攻撃で城を奪われた。翌年新政府軍が城を奪還した。国宝だった松前城は1949年の火災で天守などが焼失、61年に鉄筋コンクリート造りで再現された。松前藩主松前家墓所も訪れた。

松前城

松前城

松前から渡島半島を一路函館へ。白神岬は北海道最南端の岬。国道228号から右折すると碑のある広場。対岸の津軽半島の竜飛崎まで約19㎞。南に下北半島が見える南北感混乱の巻。

津軽海峡・冬景色 テレサ・テン
https://www.youtube.com/watch?v=bhvERoVfA_o&t=33s

函館に入った。テーマはコンブ。北海道産コンブの中で、生産量、生産額が一番大きく、最高級コンブとして知られるのが函館周辺で採れるマコンブ。日高、利尻、羅臼などに対抗すべく、「函館真昆布」の知名度アップが急がれている。函館朝市の梶原昆布店でド~ンと売られていた。

函館真昆布

函館真昆布

函館市から北へ1時間。函館市川汲(かっくみ)町にある南かやべ漁業協同組合「直販加工センター」。直販コーナーには、有名な白口浜(しろくちはま)真昆布などが並び、コンブ漁の歴史やコンブ採取の様子を写真パネルで紹介している。

函館市では函館山に上れなかった。立ち寄った五稜郭は1866(慶応2)年に完成、2年後には箱館戦争で榎本武揚率いる旧幕府軍の本拠になった。現在は復元された箱館奉行所があり、設計・建設をした武田斐三郎(あやさぶろう)の案内板や箱館戦争供養塔などもある。

函館港近辺は観光客も少なかったが石原裕次郎の歌が似合いそう。

北の旅人 テレサテン & 石原裕次郎
https://www.youtube.com/watch?v=KeJ-6LMpdtQ

夜が明ける前、恵山の麓にある水無(みずなし)海浜温泉へ。海の中にある露天温泉で潮の満ち引きによって入浴可能時間が変わる。この日は入浴に適した時間は1時間ほど。まだ暗い中を温泉場に向かうと、高齢女性が一人「お先に」と上がってきた。

この時、他に人がおらず温泉場を独占。こうなると自然の声が聞こえてくる。水着着用が義務だが生まれたままの姿で…! 「安心してください、はいていませんが見えません」。青森県大間の(株)Yプロジェクトで買い求めたブリーフ「マグブリ」が岩の上から持ち主を見守っていた。

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東映映画のように波が迫ってくる。名古屋から来た旅の先達と裸同士の会話が弾んだ。

海岸沿いを北上すると「北海道建網大謀網漁業発祥之地碑」(函館市尾札部町)。さらに幕府軍上陸の地と事前に調べたポイントを訪ねた。1868(明治元)年10月20日、旧幕府軍の榎本武揚が軍艦8隻、2500~3000人の兵を率いて鷲ノ木(北海道森町)に上陸した。ここから箱館戦争が始まった。

噴火湾の北岸にある豊浦町では、いぶり噴火湾漁業協同組合豊浦支所の魚市場を見学。午前10時半の競りには40人ほど。大型のヒラメがずらりと並び、好評のアカガレイも。ブリや秋サケ、貝類など噴火湾の海の幸は豊富。札幌などに送られるという。

噴火湾のホタテガイ養殖は全国の生産量の約半分を占めている。道の駅「とようら」などでホタテの串焼きや帆立丼を食べた。

ホタテの串焼き

ホタテの串焼き

伊達市では北黄金貝塚公園を訪ね、縄文期の住居を見た。夕方に室蘭市に入ると、白鳥大橋を渡って地球岬展望台に到着。地球岬という名にふさわしい、感激の眺め。地球の大きさ、己の小さきことを知る。

地球岬

地球岬

瑠璃色の地球 松田聖子
https://www.youtube.com/watch?v=wK0PkUagpeg

最後の取材地は苫小牧。特産のホッキガイがテーマ。苫小牧はホッキガイの水揚げ日本一。午前6時、漁港区に到着すると、ホッキガイの入ったケースが市場に運び込まれていた。ブランド名「苫小牧産ほっき貝」。禁漁の期間や区域の設定、若齢貝の保護など徹底した資源管理が高く評価されている。

ホッキガイ

ホッキガイ

取材と並んで大きな成果の一つは、苫小牧漁港にあるマルトマ食堂でホッキカレーを食べたこと。これまで何度か店に行ったが行列が長かったり、時間外だったりして食べることができなかった。

マルトマ食堂の行列

マルトマ食堂の行列

地元では肉の代わりにホッキガイを使ったカレーが親しまれてきたという。食べ終わって店内を見渡すと、客は皆満足そうな表情だった。これでホッキガイの水揚げ日本一の苫小牧のことを少し自信を持って語れそうだ。

取材を終えてレンタカー返却地の小樽へ急ぐ途中、「月形樺戸博物館」に寄り道した。1881(明治14)年、開設された監獄「樺戸集治監」を博物館にした。阿久悠が作詞、森進一が歌った「#北の蛍」と同時進行で作られた映画の舞台。

北の蛍 森進一
https://www.youtube.com/watch?v=5Wb4AhqRURE&t=46s

篠津山墓地の近くには石狩川頭首工がある。頭首工とは川から農業用水を取る施設。国内でも最大規模で、江別市、当別町、新篠津村、月形町の水田約7,500haに水を供給する。かつての広大な泥炭地を水田に転換し、北海道屈指の穀倉地帯に変貌させた。