最高の場所で「川の流れのように」を聴いた
四国の中央部の山中にある美空ひばりの『川の流れのように』(1989年発売)の歌詞碑を訪ねた。グローバルネット「日本の沿岸を歩く」の徳島県・高知県東部の取材の移動ルートにあった。犬も歩けば歌碑に当たる…。
大迫力のフルコーラス
4月中旬、徳島県鳴門市から高知県に入り、安芸市に向かう途中で大豊(おおとよ)町にある「大杉の苑」に到着した。午後7時に着いた時、周囲はすっかり暗くなっていたが、案内板で探すとすぐに見つかった。「美空ひばり遺影碑・歌碑」で1993(平成5)年に建立された。照明がなく、よく読めなかったが、14歳の頃のひばりの姿のある遺影碑、歌詞と楽譜が刻まれていた碑。前にボタンが3つあり、一番左を押すとあり、♪知らず知らず 歩いてきた…と『川の流れのように』が大音量で流れ始めた。

美空ひばり遺影碑
川の流れのように
https://www.uta-net.com/song/1420/
周辺には人家もあって、静寂を破る歌声に、どうなることかと心配したが、文句を言ってくる人はいなかった。すこし落ち着いて周囲を見渡すと、雨が上がって星空が広がっていた。そばを流れる小川のせせらぎが伴奏してくれて、フルコーラスをじっくり聴くことができた。
真ん中のボタンは『龍馬残影』(1992=平成4年)だが故障して動かない。右端は若い頃の『悲しき口笛』(1949=昭和24年)。天才歌姫の小憎らしい尖った歌声が新鮮だった。

「川の流れのように」歌詞碑
そばに特別天然記念物「杉の大杉」
大豊町は、石鎚・剣山両山系が交錯し、隆起した嶺に囲まれた自然豊かな場所だ。標高200~1,400m。町を流れる吉野川は河口から130㎞もある。碑の近くに国の特別天然記念物「杉の大杉」がある。推定樹齢3,000年。須佐之男命(すさのおのみこと)が植えたという伝説がある。現在は、知る人ぞ知るパワースポットである。
大豊町パンフ
https://www.town.otoyo.kochi.jp/kanko/file/wowotoyo_ja_202310.pdf
美空ひばりとの関係は、1947年(昭和22年)、当時9歳だったひばりが巡業中に大豊町でバス事故に遭い、意識不明の重体となった。幸い九死に一生を得た彼女は、この地で1カ月半療養。帰京前に「杉の大スギ」に「日本一の歌手になれるように」と願かけをした。
その願いは叶い、この地が彼女の「第二の故郷」や「歌手人生の原点」として知られることになった。
美空ひばりは「若い世代にメッセージを残したい」と、作詞家の秋元康に曲作りを依頼した。秋元は当時滞在していたニューヨークのイースト川の流れをイメージして作詞したという。「細く長いこの道」は9歳でデビューして以来数々のヒット曲を出し、最後まで歌い続けた美空ひばりの波乱万丈の人生と重なる。作曲の見岳章は、元一風堂メンバーで秋元康とのコンビで多数のヒット曲を送りだした。『川の流れのように』は普通の言葉を並べながら醸し出す深み、それを最大限に盛り上げるメロディー、そしてそれを歌うひばりの歌唱力が三位一体となり傑作となった。
東京目黒美空ひばり記念館
美空ひばりはテレビを付ければ出ている国民的歌手だった。『柔』『真赤な太陽』など古い曲からその後の多くの曲まで、いつも近くで流れていた。お姉さまだったし、親族によく似た人物がいたので、他の歌手とは違った親近感があった。何かの縁があるのか、5年前の「東京の昭和歌謡ゆかりの地訪問」と銘打った一人旅で東京目黒美空ひばり記念館を訪ねた。キャデラックが置かれた玄関を通り、中に入ると、仏前で手を合わせた。部屋などを見て生前の生活や多くのファンがいたことを思った。落ち着いた雰囲気の庭も見せていただいた。後日、甥の加藤和也氏から丁寧な礼状をいただいた。

東京目黒美空ひばり記念館
東京目黒美空ひばり記念館
https://www.misorahibari.jp/

記念館の庭
Google Mapで存在を知る
『川の流れのように』の歌碑の存在を知ったのは、「日本の沿岸を歩く」の取材の下調べ中、偶然Google Mapで発見した。よし、行くぞ!(吉幾三とは無関係)と心に決めた。3年前にグループで高松からレンタカーを使い、祖谷渓経由で高知へ向かう予定だったが、突然の大雪で祖谷渓は通行不能になり、徳島、室戸半島経由で高知に向かった。帰りもスケジュールの余裕がなく立ち寄ることが出来なかった。
視聴するたびに新たな気付き
昭和歌謡の歌手が鬼籍に入ると、その人物の生涯の情報を調べてみることがある。山あり坂ありの人生を知り、知らなかった情報に出くわすことがある。
YouTube動画は歌手の絶頂期の最高のパフォーマンスを見せてくれる。心を動かされた記憶が蘇る。さらに今まで気付かなかったことにハッとすることがある。例えば、キャンディーズのミキちゃんが歌も踊りも一番上手いと思い直し、どこか距離感のあった天地真理の笑顔と声に新鮮な感動を覚えるのである。歌詞も同じように、伝わってくるものが変化してくる。
デジタルの動画は時間を経ても変わらないが、それを視聴しているこちら側が年齢を重ね、人を見る感度がアップするので、今まで見えなかったものが見えてくる。昭和歌謡という文化遺産に触れる度に新鮮な発見がある。昭和歌謡の時代に生まれ、本当に私たちは幸せでした♥
<気になる亡くなった歌手>
朱里エイコ、藤圭子、木下あきら(アローナイツ)、青江三奈、三波春夫、橋幸夫、上條恒彦、八代亜紀、谷村新司、西城秀樹、島倉千代子、ペギー葉山

