養殖カキの大量死 瀬戸内海の自然は大丈夫かい?

カキの水揚げ
広島のカキ大量死のニュースが注目を集めている。原因は「高水温と高塩分の海水環境にさらされたカキの生理障害」などとされる。海水や気象などさまざまな要因があると考えられるが、それらの見立てに何かが足りないのでは…。広島県と言えば、プロの野球やサッカーは強いし、マツダの車もある。お好み焼きもうまいし、世界遺産の「厳島神社」「原爆ドーム」もある。そんな広島県で発生したカキ大量死なのだが、森・川・海のつながりを捉える視点が抜け落ちるんじゃないですか、と思うのである。自然保護の視点から自然の「健康状態」を案じている。
■生産量日本一の広島産カキ
広島県は日本一のカキ生産量を誇り、全国の6割以上を占めている。広島と言えばカキ、カキと言えば広島県。「かき小町」や「地御前かき」のブランドカキがある。生産した7割は加工用で、生食用では宮城県が日本一。広島カキの生産量は圧倒的に多いが、県内のカキ養殖場所は県内全域に広がり、地域によって被害状況に差がある。

殻付きのカキ
水産関係の取材に力を入れ始めた二十数年前、築地市場周辺を歩いてカキ専門店を見つけた。「わしゃ、カキ日本一の広島の人間じゃ、どれどれ…」と全国各地のカキを見比べた。広島以外に多くの産地があることを知ったのと同時に、広島カキの値段が他に比べて安いことに大きなショックを受けた。当時はあまり詳しくは知らなかったのだが、厚岸(北海道)や的矢かき(三重県)など有名なブランドカキがあった。
これまで連載「日本の沿岸を歩く」などで広島のカキを何度か取材したことがあり、地御前のカキは絶品であった。一方、スーパーなどで売っているカキは水ぶくれ、居酒屋で出された小粒のカキにはフラストレーションがたまることがあった。カキの養殖場所や生産者によって品質に差がある。
■猛暑と北風が酸欠を誘引か
さて、今冬のカキ大量死の原因については、気象や海水の貧栄養化などのほか、中国新聞11月26日付に新たな見方が示された。
「瀬戸内海のカキ大量死、猛暑と北風が酸欠を誘引 広島大学の名誉教授が分析」
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/749064 (会員限定)
広島大の山本民次名誉教授(水圏生態環境学)は、海面近くまで水中の酸素濃度が下がった影響があったとしている。例年にない酸素濃度の低下は9月以降の北風によって起こったと結論づけている。
広島県だけでなく、瀬戸内海の各地で大量死が報告される中、気になっていたのは岡山県備前市の日生漁協の状況。2020年に取材した記事のタイトルは「アマモ場再生した日生の海で育つ絶品カキ」。共同出荷と共同作業が日生町漁協の特徴で「過密養殖にならないように配慮して漁場管理と生産管理に力を入れている」と紹介した。アマモ場再生など自然環境に配慮し、非常に熱心に養殖に取り組んでいる。

日生のカキ養殖
今シーズン大量死した広島と差があるのかどうか、状況を知りたいと思っていたら11月27日の山陽新聞に記事が出た。
「カキ、死滅や成育不良目立つ 日生町漁協が水揚げ開始」
https://www.sanyonews.jp/article/1833415
例年になく被害が深刻だとあるが、それでも半分は生き残っているようだ。今後状況がはっきりしてくるだろう。
■自然の中で育つ海面養殖
国内の海面養殖はカキだけでなく、ブリ(ハマチ)、マダイ、カンパチなど多くの種類で普及しており、現在、海面養殖業は海面漁業の総生産の3分の1を占めている。海面のいけすで養殖をする風景は全国の取材先で見ることができる。リアス式海岸や海流などの養殖好適地で、自然を利用して魚介類を育てている。
カキ養殖について、これまで取材した場所の状況を調べてみた。今冬は広島の被害が突出しているようだ。
厚岸(北海道)
「やっぱりカキは厚岸…」クリーミーな味わいを堪能「あっけし牡蠣まつり」開催 北海道厚岸町https://news.yahoo.co.jp/articles/6282f65636053b806f543495280049aa5b4b7898
気仙沼(宮城県)
宮城県産生食用カキの出荷が約1カ月遅れで始まる 津波被害の気仙沼大島でも出荷に向けて準備
https://www.khb-tv.co.jp/news/16118178
7月のカムチャツカ半島沖地震による津波の被害が大きく、全体の9割に当たる120台のカキ養殖施設で被害が確認された。
九州
「豊前海一粒かき」のシーズンが到来!行橋のカキ小屋がオープンします!
https://www.city.yukuhashi.fukuoka.jp/site/kanko/41129.html
杵築かき街道~杵築の冬の味覚「牡蠣」~
https://www.city.kitsuki.lg.jp/soshiki/1/syoukou_kankou/kanko/gurume/4919.html
広島湾周辺では河川から豊富な栄養塩が供給され、程よい塩分濃度と豊富なプランクトンに恵まれてカキ養殖が発展してきた。養殖技術の開発や生産者の熱意も加わって日本一の座を不動のものにしている。
一方で、カキ養殖発祥の地である草津などの地先水面は1982年に竣工した西部開発事業で埋め立てられ、328haの造成地になった。八幡川河口の人工干潟、宇品港周辺では埋め立てや大規模な再開発プロジェクトが進行中だ。広島県の海の環境は劣化し続けており、カキへの環境圧も相対的に強くなる。
前出の広島大学山本名誉教授のコメントの中に養殖場所に触れている。「下層の貧酸素化は何十年も前から毎年起きていたが、近年では貧酸素の発生頻度は増えている。気象はコントロールできないので、やれることは海底の環境を良くすることだ」。地御前や日生などでは養殖場所の耕うんをしているので、全体としてどの程度の取り組みがされているのか、詳細を知りたいところだ。
カキ養殖は工業生産でなく、自然を利用する一次産業。近年、生態系とのかかわりを健全なものにする水産エコラベル認証制度が認知されてきた。日本国内で主に活用されている水産エコラベル認証には、漁業・養殖業の両方を対象とするMEL認証、養殖業のみを対象とするASC認証、漁業のみを対象とするMSC認証がある。

水産エコラベルをめぐる状況について 令和7年4月水産庁加工流通課
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/budget/attach/pdf/suishin-24.pdf
MEL認証
「マリン・エコラベル・ジャパン(Marine Eco-Label Japan)」の略で、水産資源の持続可能性と環境に配慮した漁業・養殖業を認証する日本発の水産エコラベル制度。2022年、地御前漁業協同組合の「地御前かき」がカキ養殖として初の取得をした。
ASC認証
広島県大崎上島町のファームスズキが、広島県で初めてとなるASC養殖場認証を取得した。宮城県では南三陸町の戸倉地区が2016年に日本で初めて認証を取得。宮城県産カキの6割が認証を取得している。
広がるASC認証 宮城県産カキの6割が認証を取得!2018/10/12
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/3754.html
MSC認証
岡山県瀬戸内市邑久町の「邑久かき」が垂下式のカキ生産では世界初の取得となった。広島県では5漁業者が行っている「いかだ垂下式養殖」の「広島カキ漁業改善プロジェクト(FIP)」についてMSC認証取得に向けた本審査が始まった(2021年)。現在まで結果待ちのようだ。
広島で初「広島カキ漁業改善プロジェクト」MSC漁業認証の本審査へ 2021/07/02
https://wellness-news.co.jp/posts/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E3%81%A7%E5%88%9D%E3%80%8C%E5%BA%83%E5%B3%B6%E3%82%AB%E3%82%AD%E6%BC%81%E6%A5%AD%E6%94%B9%E5%96%84%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%80%8Dmsc%E6%BC%81/
■生産量は長期的な減少傾向
広島県の生産量は1988年に3万2,000tに達したが、98年には1万6,000tにまで減少。その後は2万t前後で推移し、長期的には減少傾向にある。2024年度は1万6900t。かつて過密養殖が栄養不足や海底環境への悪影響を及ぼし、品質低下の一因となると指摘されていたが、現在は高水温と高塩分の海水環境などが理由として前面に出ているようだ。
令和7年度 広島かき生産出荷指針
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/638569.pdf
かつては広島では、カキいかだにつるす「本垂下」から1年程度で収穫していたが、養殖期間が長くなっている。カキの生育が悪くなったこと、他産地と競争するための出荷時期調整が理由という。養殖期間の長期化はマイナス要因であり、広島県は生産指針で「カキ養殖はへい死のリスクが高く、漁場環境の悪化につながる3年養殖を削減する」と示している。
大量の海水を濾過(ろか)してプランクトンなどを餌にする「濾過摂食者」のカキは、養殖場の下の海底に糞を堆積させる。これが底質悪化や貧酸素状態の原因となる。このため、漁場の海底耕うんやカキ殻を原料にした資材などを使って底質改善などをしている。記憶に新しいのは、東日本大震災の津波被害で壊滅的な被害があった宮城県では、養殖を再開した年に非常にいいカキが育った。広島でも台風などで海が荒れた後にはカキがよく育つというので、養殖場の海底はよどみやすいのだろう。

気仙沼のヤマヨ水産
4月に取材した宮城県気仙沼のヤマヨ水産のカキフライはとてもうまかった。大島瀬戸のきれいな海を眺めながらの至福の時間。4月に亡くなった畠山重篤さんの養殖場のそばも通った。「森は海の恋人」運動の提唱者として知られる。そういえば、広島県では尾道漁協などの植樹活動を聞いたことがあるが、あまり活発ではないようだ。アマモ場再生はよく聞くのだが、十分な成果が出ているのだろうか。
■県立自然史系博物館がない
冒頭にあるように、カキの大量死と海の自然環境との関わりを検証するものは少ない。農林水産業の公的研究機関は生産性向上と直接関係のある、あるいは周辺の生き物を調査研究することはあっても、生態系全体に目を向けることはない。浜辺のスナカニが減ったとか、カブトガニが大潮の満月の夜に産卵することなどは収益につながらない話題なのだ。

カブトガニの産卵
自然環境に対する感度を語れば、広島県は自然保護に対する関心が低い県だと思っている。その証拠として、中国地方5県で唯一、県立の自然史系の博物館がない。県立自然史博物館を設立しようという動きは何十年も前からあるが前に進まない。以前あった設立運動を手伝った者の一人として難しさがよく分かる。全国の自然史博物館を訪ねたり、首都圏などで自然保護の意識が高い事例を取材したりすると、広島県の「後進性」を感じる。
「センス・オブ・ワンダー」にあるような自然へのまなざしを知るには、「農と自然の研究所」代表、宇根豊さんの著書『日本人にとって自然とはなにか』が参考になる。食料となる米も魚も工業製品ではなく、自然の中で命をつないでいる。「自然から恵みの一部を分けてもらう」という畏敬の念、自然を利用する場合の謙虚さが大切だと思う。カキ養殖も人間ファーストで自然に余分な負荷をかけていないだろうか。
大量のカキが死んでしまう海の現状を人間の体に例えれば、発病には至らない「未病」かもしれない。寝たきりになる前の「フレイル」かもしれない。当面はさまざまな「対症療法」的な対策が講じられるだろうが、急がば回れ。瀬戸内海を「根治療法」で健康に保つ発想を求めたい。
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